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神戸地方裁判所 昭和59年(行ウ)41号 判決

原告 北田美智子

右訴訟代理人弁護士 分銅一臣

被告 兵庫県地方労働委員会

右代表者会長 元原利文

右指定代理人 本田多賀雄

被告補助参加人 兵庫県

右代表者知事 貝原俊民

右訴訟代理人弁護士 俵正市

右訴訟代理人弁護士 寺内則雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

1  原告

1 被告が、兵庫県地方労働委員会昭和五三年(不)第二号不当労働行為救済申立事件について、昭和五九年七月三一日付けをもってした命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二 被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年四月二二日兵庫県衛生研究所(以下「衛研」という)の日々雇用職員として採用され、細菌部に配属されて試験管洗浄業務、培地作り、データー整理の業務に従事していたが、同五二年一月二四日付で総務部の図書室に配置換えとなり、同所において図書の整理などの業務に従事してきたところ、同五三年一月二三日衛研所長日笠譲(以下「衛研所長日笠)という。)から、同年三月三一日付をもって雇用止めする旨の通告を受けた。

2  原告は、昭和五三年四月一九日、被告に対し、被告補助参加人兵庫県及び衛研所長日笠を被申立人として、別紙記載のとおりの不当労働行為救済の申立をしたところ、被告は、昭和五九年七月三一日付けをもって申立棄却命令(以下「本件命令」という。)を発した。

3  しかしながら、本件命令は、次に述べるとおり、事実認定及び法律判断を誤っており、違法である。

(一) 被告は、原告の法的地位について、地方公務員法第五七条に規定する現業の職員であり、同法第三条第二項の一般職員であるとしながら、成績主義による任用の原則などから考え、長期間雇用が継続されたとしても、日々雇用職員たる地位が変動するものではないとして、再任するか否かは衛研所長の裁量に属すると判断する。

しかし、右判断は、日々雇用職員のおかれている実態を看過し、成績主義の原則を形式的にあてはめるものであって、不当なものである。すなわち、成績主義の原則は、公務行政における民主的かつ能率的運営を保障するため恣意的任用を禁止する趣旨に出たものであるところ、更新が繰り返された日々雇用職員は職務に習熟し、正規職員と同様の業務をしている場合がほとんどであり、成績主義の原則を充足し、恣意的任用の可能性は少ないといわなければならない。従って、原告は、更新が繰り返されたことにより、少なくとも日々雇用職員としては、期間の定めがなくなったものというべきである。

(二) 本件命令の判断中、雇用止めに正当な理由があるとの判断は、試験管洗浄の業務、その他、被告のなしていた業務が、正規職員で支障なくなされていることや、被告の図書の整理等の業務も正規職員でなしうるだけの余裕ができ、正規職員である訴外貞政を図書室に配置転換したことなどをその根拠としている。しかし、右は、いずれも、原告の雇用止めをする為に、正規職員の要望を無視し、正規職員に労働強化をした上でなされたものであることを看過している点で、事実の誤認であり、さらには、雇用止めの正当性の判断にも誤りを生じている。

(三) 本件命令は、原告の雇用止めは、原告らが臨時職員労働組合を結成したのが雇用止めの通告後であることを理由として、衛研所長が組合結成を妨害する意図をもってしたものではなく、不当労働行為にあたらないと判断する。

しかし、原告らは組合結成以前から、再三にわたって衛研内で会議や集会をもち、相談をして組合結成の準備をしていたのであり、衛研所長日笠が、その準備活動を察知しなかったはずはなく、本件命令はこの点についても明らかに事実誤認である。

(四) さらに、本件命令は、原告が、日笠衛研所長らが原告の活動を嫌悪していたことの懲ひょうとなるべき事実として主張した各事実について、いずれも組合嫌悪のもとになされたものでないとするが、右判断は、各証人の証言、その他証拠の選択を誤った事実誤認であるばかりでなく、元来、組合活動を締めつけるために作成された庁舎管理規則を無限定に正しいものとしてなされたものであって、法律判断を誤っている。

4  よって本件命令の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1、2項の事実は認める。

2  同3項の主張はいずれも争う。

(一) 同項(一)については、本件命令書の第2、2で判断したとおりであり、法律判断に誤りはない。

(二) 同項(二)については、本件命令書の第2、3(2)で判断したとおりであり、事実認定および法律判断に誤りはない。

(三) 同項(三)については、本件命令書の第2、3(3)、(4)で判断したとおりであり、事実認定に誤りはない。

(四) 同項(四)については、本件命令書の第2、3(5)で判断したとおりであり、事実認定および法律判断に誤りはない。

三  被告補助参加人の主張

1  請求原因1、2項の事実は認める。

2  同3項について

(一) 同項(一)について

日々雇用職員は、地方公務員法一五条に規定する任用の根本原則に照らし、同法二条に規定する「地方公務員」に該当せず、一般私法上の契約によって雇用されたものと判断され、この点、命令の判断と異にするものであるが、命令書の判断は結論において正当である。

(二) 同項(二)について

命令書記載のとおりであり、事実認定及び法律判断に誤りはない。

ちなみに、原告を雇用止めにした理由は、国等からの委託調査研究等の終了により業務量が減少し、原告が従事していた臨時的な仕事が正規職員をもって処理し得る状態になったこと、つまり、衛研全所的にみて、業務量が日々雇用職員を雇用しなくても正規職員で対応し得るようになったことにある。

(三) 同項(三)及び(四)について

命令書記載のとおりであり、事実認定及び法律判断に誤りはない。

ちなみに、原告らが兵庫県臨時職員労働組合を結成したのは衛研所長が雇用止めの通告をなした後であり、しかも、当該組合の結成の前日まで、その存在はむろんのこと、全くその動きすら知らなかったのであるから、不当労働行為が成立しないことは、明白である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  衛研及びその業務について

(一)  衛研は、公衆衛生の向上及推進に寄与するため、県の行政組織規則(昭和三六年規則第四〇号)第一七二条により設置された県の地方機関であり、右目的に寄与するため、県の衛生行政上必要な調査研究、試験検査、衛生関係職員の技術面における指導訓練等の技術指導の業務を行っている。

なお、調査研究は、衛研が企画し実施するものと外部からの委託を受けて実施するものとがある。

(二)  調査研究に伴う事務処理、器具の洗浄、消毒等の補助的業務については、昭和四九年以前から技能職員の外に日々雇用職員を継続的に雇用してこれにあてており、日々雇用職員に欠員が生じると、業務量の増減とは無関係にこれを補充しており、特に業務量が増大したときには、アルバイトを雇用してこれに対処していた。

2  日々雇用職員の任用について

兵庫県においては、地方公務員法六条、県の地方機関処務規程(昭和四三年訓令甲第八号)三条五号により、日々雇用職員の任用権限は地方機関の長に委任され、この具体的取扱いについては日々雇用職員取扱要領が定められているが、これによると、日々雇用職員の任用は一日を単位とし、勤務形態が週三三時間以内、月二〇日以内である場合を除いて継続雇用した期間が一年を超えてはならず、また、特に必要と認める場合を除いて任用に辞令を用いないものとされている。

3  原告の採用、職務について

(一)  昭和四九年三月当時、衛研では外部からの委託による調査研究として、カドミウムの健康影響評価に関する調査、環境汚染健康影響指数の正常値に関する調査、国道四三号線の自動車排ガスの周辺住民に対する健康影響調査及び腸チフスに関する調査を実施していたが、細菌部では、このうち環境汚染健康影響指数の正常値に関する調査及び腸チフスに関する調査を行っていた。

(二)  当時、細菌部では、日々雇用職員宮本信行及び同三宅省一が勤務していたが、宮本は同年三月頃死亡し、三宅が同月末に退職したので、衛研細菌部部長井上豊(以下「井上部長」という。)は、当時の衛研所長渡辺弘(以下「衛研所長渡辺」という。)にその補充について相談したところ、細菌部で探すよう指示があり、井上部長は所属職員に適当な人があれば紹介するよう要請した。

(三)  そのころ、職を求めていた原告は、神戸大学医学部に勤務していた大学時代の友人から、衛研で人を探していることを教えられ応募することとし、四月一五日衛研に出向き、細菌部の大井百合子(以下「大井」という。)を通じて井上部長に紹介され、衛研五階の細菌部長室で大井の立会いのもと同部長の面接を受けた。

(四)  井上部長は、原告に対し衛研の業務概要を話した後、① 仕事は、正規職員の補助的な業務であるが、その主なものは掃除、使用器具の洗浄と雑務で、研究員の指示に従い手伝うものであること、② 賃金は、平日で日額一七〇〇円で、土曜日は半額となり、翌月の一〇日ころ迄に前月分が一括して支払われること、③ 勤務時間は、平日は午前八時四五分から午後五時一五分まで、土曜日は午前八時四五分から午後〇時一五分までであること、④ 賃金以外の手当は、一切支給されないことを説明した。

(五)  上記説明を受けた原告は井上部長に、① 健康保険に夫と子供が扶養家族として入れるかどうかを尋ね、② 子供を預ける保育所を探さなければならないので、一週間程、勤め始める日を待って欲しい、保育所に子供を迎えに行く都合で退庁時間を三〇分程早くして欲しいと要望したところ、同部長は、健康保険のことについては、わかりかねたので、原告と大井を総務部へ行かせ確認させたうえ、①については健康保険が適用される、②については了承する旨回答した。

(六)  そこで、原告は、井上部長に四月二二日から勤務する旨を告げ面接を終り、右同日から衛研に勤め始めたが、その採用にあたって原告に対しては辞令は交付されておらず、同人に支払われる賃金は、衛研に令達された物件費から支払われていた。

(七)  原告の細菌部における職務内容は、研究室の掃除、培地作り、研究員の検査結果の判定の筆記、研究員の研究分析後のガラス器具洗浄、研究員の指示に従ったグラフ書きやデータ計算をすること、書類をコピーすること等であった。

(八)  昭和五二年一月二四日、原告は、当時総務部の所轄となっていた図書室へ配置換えされた。この配置換えの理由は、細菌部において、腸チフスに関する研究が終了し、人員の余裕ができたことから、これまで、専属の職員が配置されておらず、正規職員が片手間に整理をしていたため、図書が未整理となっていた衛研の図書室の図書整理を行うというものであったところ、腸チフスに関するフィールド調査は、昭和五一年一一月には終了していたものの、なおサルモネラ汚染経路に関する研究、腸管伝染病に関する調査研究などチフス症の診断に関する研究が継続して行われており、原告の業務量には特に変動はなかった。

このため細菌部の研究員が原告を配置換えしないように衛研所長渡辺に要請したが、聞き入れられなかった。

(九)  原告の図書室における職務内容は、主として何年間も整理されないで滞積していた図書類の整理、図書カードの作成等であったが、同年五月ころその整理はほとんど終了したので、原告は、その後は図書の貸出に伴う業務、新しく入った雑誌の図書カードを作成して台帳に記入する業務、全国の大学、研究室から送られてくる所報の整理、衛研の所報を研究機関や大学に発送する事務、雑誌の製本を依頼する業務、貸出統計の作成などの業務を行っていた。

以上の事実が認められる。

三1  原告の法的地位について

(一)  以上認定した事実によれば、原告は、任期を一日としこれが日々更新される職員として衛研に採用されたもので、期限付任用の職員である。そして、地方公共団体に労務を提供し、その反対給付として賃金を受ける関係にある者は、たとえ日々雇用職員であっても、地方公務員であるというべきであるから、兵庫県の設置する衛研に勤務する原告は、地方公務員であり、かつ、地方公務員法三条三項所定の特別職のいずれにもあたらないので、一般職の地方公務員であるというべきである。

原告は地方公務員法二条の地方公務員にあたらず、一般私法上の契約によって雇用されたものである旨の被告補助参加人の主張は採用しない。

(二)  もっとも、一般職の地方公務員については、厳格な要件のもとに期限付任用が認められているいわゆる臨時的任用の職員(地方公務員法二二条二項及び五項)のほかに、期限付任用が許されるか問題があるが、その必要性があり、かつ、そのことが地方公務員の身分を保障することによって公務の能率的な運営等を図ろうとした地方公務員法の趣旨に反しない限り、許されると解するのが相当である。

本件の場合、衛研における補助的業務は、衛研の研究員数の変動、研究数、研究内容の変動等により、その仕事量が増減することが予想されるほか、予算の裏付けを要するものであって、仕事量、予算の増減に対応して適切な人員配置を行うためには、補助的業務に従事する者を期限付任用で採用する必要があると考えられ、また、その職務内容は、前記認定のとおり、培地の作成、器具の洗浄、消毒等といった文字通り補助的な業務であって、特に専門的知識、経験を要したり、また習熟を要するといったものではないから、その任用に期限を付したからといって、衛研の研究の能率的な運営が阻害されるとは認め難い。

そうすると、衛研において補助的業務について日々雇用職員を期限付で任用することは、その必要性があり、かつ、それが研究の能率的な運営を阻害するものとは認められないから、地方公務員法の許容するところであるというべく、従って、期限の定めを無効とし、原告に対する任用を期限のないものと解することはできない。

2  原告に対する雇用止めについて

(一)  原告は、日々雇用職員であっても、日々再任を重ねてきたことによって期限の定めのない任用に転化した旨主張する。

しかしながら前記認定のとおり、原告は、簡単な面接だけで採用され、勤務時間についても、原告の要望により弾力的扱いがなされるなど、競争試験又は選考(地公法一七条参照)によって採用され、厳格な服務規定に従って勤務する期限の定めのない一般職の職員に比して採用手続等について緩かな取扱いがなされていること、公務員の任用行為は、いわゆる行政処分としての性質を有するものであって、その内容は法律、条例に規定されていて、当事者が自由に定めうるものではなく、当事者の合理的意思解釈を行うことによって、その内容を決する余地がないことにかんがみると、期限付任用を反復継続しても期限の定めのない任用に転化することはないというべきである。

(二)  従って、一日を任期とし、これが日々更新される日々雇用職員として任用された原告は、あらたな更新(再任)がない限り、任期終了と同時に、当然に公務員としての地位を失うものというべきであるから、衛研所長のした雇用止めの通告(更新しない旨の通告)が、たとえ裁量権の濫用にあたるとしても、それが不法行為となるのは格別、原告が公務員の地位を失ったことに影響を及ぼさない。

四  そうすると、原告の別紙の不当労働行為救済命令取消請求は、雇用止めの通告が不当労働行為にあたるかどうかについて判断するまでもなく理由がないことに帰するから、これを棄却した本件命令に違法はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野村利夫 猪俣和代 裁判長裁判官中川敏男は、転補のため署名押印することができない。裁判官 野村利夫)

〈以下省略〉

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